震源に近かった
横浜市では官公庁やグランドホテル・オリエンタルホテルなどが石造・煉瓦作りの洋館であった事から一瞬にして倒壊し、内部にいたものは逃げる間もなく圧死した。更に火災によって外国領事館の全てが焼失,工場・会社事務所も90%近くが焼失した。千葉県
房総地域の被害も激しく、特に
北条町では
古川銀行・
房州銀行が辛うじて残った以外は郡役所・停車場等を含む全ての建物が全壊。測候所と旅館が亀裂の中に陥没するなど壊滅的被害を出した。
190万人が被災、14万人余が死亡あるいは行方不明になったとされる(上述のとおり、近年の学界の定説では、死者・行方不明者は10万5000人余と見積もられるようになった)。建物被害においては全壊が10万9千余棟、全焼が21万2千余棟である。地震の揺れによる建物倒壊などの圧死があるものの、強風を伴なった火災による死傷者が多くを占めた。
津波の発生による被害は太平洋沿岸の相模湾沿岸部と
房総半島沿岸部で発生し、高さ10m以上の津波が記録された。山崩れや崖崩れ、それに伴なう
土石流による家屋の流失・埋没の被害は神奈川県の山間部から西部下流域にかけて発生した。特に
神奈川県根府川村(現、
小田原市の一部)の
根府川駅ではその時ちょうど通りかかっていた列車が駅舎・ホームもろとも土石流により海中に転落し、100人以上の死者を出したといわれ、更に村も山崩れにより壊滅したという。