1994年2月23日午後5時頃、
アメリカ合衆国ハワイ州ホノルルの高層マンションの部屋でボヤ騒動が起こった。火は駆けつけた消防隊員によって消火したが、その部屋のクローゼットから日本の占い師であった
藤田小女姫の射殺体が発見された。1時間前の4時頃に取引先の銀行に融資依頼をしていたが、藤田の電話の声が怯えていると感じた銀行員が領事館に連絡し、領事館職員がマンションに駆けつけるとボヤ騒動が見つけ、藤田の射殺体が発見された。
また同日に、殺害現場の高層マンションから数キロ離れたホテル駐車場で1台の乗用車が炎上しているのが発見。乗用車の中には手足がテープで縛られ、胸を銃撃された藤田の一人息子(当時20歳)の焼死体が発見された。
裁判では男性Aは自分は殺害に関与しておらず、遺体の搬送を手伝っただけであると主張し、殺害を否認。裁判所は男性Aを藤田親子を殺害した実行犯と認定して、終身刑が確定した。
なお、藤田が生前記録していたと言われる「ノート」がいまだに発見されていない。このノートには「政財界のエピソード」が書かれたとされており、そのノートが世にでると困る大物が殺害事件の裏にいるという陰謀説が存在する。