満州の本来の表記は
滿洲である(満州という表記が行われるのは、日本の戦後の
漢字制限により「洲」の字が
当用漢字表から外れたため。なお、「洲」と「州」はいわゆる旧字・新字の関係ではなく、同音類字である)。また満洲は本来、地名ではなく民族名である。したがって、満州の「州」は世界各国に見られる地域行政区分としての「
州」ではないことに注意を要する。漢字表記では
五行説の「水」徳を意識して、民族名および王朝名である「満」「洲」「清」いずれも
さんずいの字が選ばれた。
「満洲」が地名の意味を持ったきっかけは、この地域が清の支配民族の
満州民族の居住地域であったことから、西欧語で「マンチュリア」(Manchuria)と呼ばれるようになったからである。これに対応して
漢字文化圏でもこの地域を「満洲」と呼ぶようになった。なお、「満洲」の語を地名としても使用するようになったのは、
江戸期の日本であるという説もある。その説では
高橋景保の「日本辺疆略図」(
1809年)、「新訂万国全図」(1810年)が初出とされる。この地図では
ネルチンスク条約で定められた国境線の清朝側を「満洲」と表記している。それがヨーロッパに伝わったという。
現在の中華人民共和国では地域名称として「満洲」を使うことは避けられ、かわりに「
中国東北部」が使われる。これは中国における歴史に対する公式見解で、
満洲国の存在を認めていないため、また満洲の地を太古から不可分の中国民族固有の地と主張するためである。そのため今日の中国では、20世紀の満洲国を清朝の前身である満洲国を詐称していると看做して、「偽満洲国」の呼び方以外は認めていない。ただし現在でも、
満洲里のように一部の地域名で使われている。民族名としては旧来から「満族」と呼称している。また、曾ては
中国共産党は、中国共産党満洲省委員会を
ハルピンに設置するなど、「偽」という言葉を用いないで満洲という言葉を使用した例はあった。