先行して開業した兵庫電気軌道(以下、兵電)は開業以来経営が不安定な面があり、明石以西への延長の際に別会社の神戸姫路電気鉄道(以下、神姫電鉄)を設立することでリスク回避を図った。しかし、播州鉄道(現在のJR
加古川線の前身)の経営陣による兵電の敵対的買収により播州鉄道傘下となった兵電と旧兵電派の神姫電鉄は疎遠となった時期もあった。それらの混乱収拾と併せて自社の売電先確保を狙った戦前の大手電力会社・
宇治川電気(
関西電力の前身の一つ)が両社を併合し、自社の鉄道事業部門とした。後に宇治川電気が本業への絞り込みにより鉄道部門を分離した際に新しく設立されたのが現在の山陽電気鉄道である。なお、後に
作家となる
椎名麟三が
1929年 -
1931年に同社の
車掌として勤務しており、その経験をもとに「美しい女」という短編を発表した。現・本社前には椎名麟三の文学碑が建立されている。