この用例の最初の確実なものとしては、一般的には
701年施行の
大宝律令の「明神御宇日本天皇(あきつみかみとあめのしたしらすやまとのすめらみこと)」がそれとされている。しかし、後の記録ながら『
日本書紀』では
大化元年七月の条)
645年7月に、
高句麗や
百済の使者に示した詔に「明神御宇日本天皇」の文言が出ている。しかしその語義から、最初の徴候として、有名な『
隋書』大業三年(
607年)の「日出づる処の天子」があげられる。また、13世紀成立ながらも、朝鮮半島の史書『
三国史記』「新羅本紀」文武王十年(670年)12月条に、「倭国、号を日本に更む。自ら言う、日出づるに近きを以て名を為す」とある。因みに、近年発掘された飛鳥池遺跡出土の天武六年(
678年)銘の
木簡から、この頃「天皇」号が既に使用されていることがわかっている。「天皇」号の使用と「日本」号の使用は軌を同じくするとみられている。