に基づき、貨幣の所得流通速度(v)が一定であるとき産出物の数量(Y)が一定ならば、貨幣の供給量(M)によって価格水準(p)の名目価値が決定されること、すなわち物価は発行される貨幣の量で決まると主張した。貨幣数量方程式は状態方程式なので本来はそのような因果関係を表したものではないが、マネタリストは因果関係を表す式として解釈する。
ケインジアン(ケインズ経済学者)は、価格水準(p)が一定であれば変化するのは産出物の数量(Y)であり、またMとYがそれぞれ独自に変化することがあるのでそのような因果関係を見ることは出来ないと主張していた。また現実には貨幣の所得流通速度(v)が一定でないこともあり、貨幣供給量とPY(名目GDP)の関係は安定的とは限らない。
ついに、
レーガン政権下においてマネタリストはケインジアンに取って代わり、アメリカの金融政策を支配した。この政策展開におけるアメリカでは、
原油価格の変動にともなってスタグフレーションは収まり、景気は回復した。一方で超高
金利・超
ドル高の継続、この結果としての中南米途上国の
デフォルト(国債償還不能)、さらにこの結果として中南米諸国に融資していたアメリカの銀行の金融危機が生じ世界経済のシステム危機へとつながってしまった。