ロナルド・レーガン政権下、
東アジア・太平洋担当国務次官補を経て、
スハルト体制下のインドネシアに大使として3年間赴任。後にインドネシアの大統領となる
アブドゥルラフマン・ワヒドと親交を深め、イスラム教への深い信仰と宗教的寛容・世俗主義が共存しうることに強い感銘を受けたといわれる。インドネシア滞在時は、文化人類学者のクレア夫人と共に現地の文化に魅せられ、インドネシア語を学び、ユダヤ系アメリカ人であるにもかかわらず、世界最大のイスラム人口を抱える国で高い評価を得る。離任時には、スハルト体制を批判する演説も行なっている。