1983年から
2005年まではダンファームリン東区選出の国会議員を務め、スコットランドの選挙区改変が行われた
2005年の総選挙以降はカーコーディーおよびカウデンビース区選出の国会議員を務めている。1997年5月から2007年6月まで
ブレア政権で
財務大臣を務める。財務大臣としての在任期間は、19世紀の政治家に次ぐ長さとなった。
1994年5月の労働党党首
ジョン・スミスの急死に際しては後継候補として有力視されたが、彼はこれを辞退して
トニー・ブレアに党首の座を譲った。この際の経緯に関して、二人の間には密約が交わされているとの噂があり、
ロンドンのイズリントン地区のレストランで会食した際に、ブレアを党首とする代償としてブラウンが経済政策を取り仕切ること、そしてブラウンをブレアの後継者とすることが約束されたと言われる(
ブレア=ブラウン密約)。それぞれ労働党の左派と穏健派を代表する二人の間には政治的対立があるとの報道がなされることが多い。